「ふぅ〜……身に染みるな」
夜空の下、若葉は露天風呂の湯に浸かりながら、シミジミとつぶやいた。
同じく露天風呂に浸かっているひなたが苦笑する。
「若葉ちゃん、おじいさんみたいですよ」
「うむぅ……これも温泉の魔力というものだ……。瀬戸のぉ〜波音ぉ〜、この身を包みぃ〜、心にぃ〜刃ぁ〜抱きつつぅ〜ぅ♪」
若葉の上機嫌な歌声が湯気の中に響く。露天風呂を満喫する幼なじみの姿を、ひなたは微笑ましげに見守っていた。
年が明け、今は一月初旬。
若葉たちは高松市の温泉に来ていた。
高松市は香川一の都会であると同時に、四国有数の温泉地でもある。内陸部の山地には江戸時代から湯治場として利用されてきた塩江温泉郷があり、瀬戸内海沿岸や市街地にも天然温泉が湧く。
バーテックスとの戦いも幾度目かを終えた頃、巫女の神託により、襲撃がしばらく起こらないことが告げられた。そのため若葉たち勇者は休養として、貸し切りの温泉旅館で過ごすことが許可されたのだ。もちろん、ひなたも勇者付き添いの巫女として同行している。
普段とは別人のような緩んだ顔で若葉が湯に浸かっていると、露天風呂の戸が勢いよく開けられた。球子を先頭に、友奈、杏、千景が姿を現す。
「あ、やっぱり先に入ってやがったなっ! タマが一番風呂になろうと思ったのにっ!」
指差してくる球子に、若葉は湯に浸かったまま答える。
「球子がぁ、『旅館探検だー』などと言ってぇ、館内をうろつき回っていたのがぁ、悪いんだろう?」
「うわ、溶けかけの飴みたいに緩い顔しやがって。よし、一番風呂は逃したが、三番目はタマのものだーっ!」
「タマっち先輩、走っちゃダメだよ!」
止めようとする杏の声も聞かず、球子が飛び込むようにして温泉に入る。
「はぁ〜……」
杏はため息をついた。
その後、友奈、千景、杏も、球子に続いて温泉に浸かる。
学校のいつもの六人で、温泉旅館に泊まる――人数は少ないが、ちょっとした修学旅行気分だ。
球子はひなたの前に行き、手をワキワキさせながら言う。
「よ〜し、じゃあ定番の身体チェックと行こうか。さぁさぁタマに見せてみタマえ、春の身体測定以降、持たざる者を置き去りにして、お前の体がどれだけ遥かな高みへと成長しているのかっ!?」
「あ、あの、球子さん、何を……?」
身の危険を感じ、後退るひなた。
若葉と杏が、ひなたを守るように球子の前に立ちふさがった。
「球子、お前の行動は読めている! ひなたには触れさせん」
「タマっち先輩、温泉は人の体を調べる場所じゃないんだよ!」
むっ、と怯む球子。
だが次の瞬間、彼女の目はむしろ杏の身体に焦点を合わせた。
「あんず……よく見たら、お前も成長してないか?」
「え?」
「許せーんっ!」
球子は杏に飛びかかり、体中をくまなく触って調べ始める。
騒いでいる球子たちを、友奈は困ったような苦笑するような顔で見ている。そして、ふと思いついたようにその場にいる全員へ尋ねた。
「そういえばみんな、お医者さんの検査で、おかしなところとかはなかった?」
「おかしなところ……?」
千景が怪訝そうな顔をする。