STORY | あらすじと、各話紹介

第5話 陰葉

タマは杏が好きだ。 杏もタマが好きだ。 付き合っちゃうか。 それは冗談として……なんで奴らに●●●が通じないんだ? シルエットは●●っぽかったのに。 あの容赦のなさ、そして●●●を受け付けなかったことからタマが出した結論が……一つ。 奴らが元々は●●だったとか、そーいうのは一切なしっ! 断言するっ! 間違ってたらここの日記全部消しといて! 勇者御記 二〇一八年十一月 土居球子記


 授業間の休み時間。
 球子と杏は、イヤホンをお互いの片耳ずつに掛けて、スマホから一緒に音楽を聴いていた。
「……どーよ、この曲は?」
 イヤホンをつけたまま、球子は杏に尋ねる。
 今は球子がお気に入りのロックバンドの新曲を流しているところだった。
「良い曲だけど、私はもっと静かなラブソングがいいなぁ。こんなのとか」
 杏が自分のスマホを取り出し、イヤホンに接続して曲を流し始める。
「……む〜……悪かない。悪かないが……もっとこう、勢いとノリが欲しいというか……やっぱ音楽はパンクロックだろっ!」
「そんなことないよ、音楽はバラード、そしてラブソングが一番じゃないかな」
「いやいや、青春の叫び、情熱の発露! パンクロックだっ!」
「染み入る曲調、心を揺さぶる恋! ラブソング!」
 二人が言い争っていると、チャイムが鳴り響く。同時に教師が教室に入ってきた。
「う、授業か」
 杏と球子は慌ててイヤホンとスマホを仕舞い、それぞれ自分の席に向かう。その前に、球子はそっと杏に耳打ちする。
「さっきのあんずのお気に入りの曲、後で曲名教えてくれ。もっと聴いてみたら何がそんなにいいのか、分かるかもしれないしな」
「うん。じゃあタマっち先輩オススメの曲も、もっと教えて。聴いてみるから」

「タマちゃんとアンちゃんって、本当に仲良しさんだね」
 昼休み、食堂でうどんを食べながら、友奈が微笑ましげにそう言った。
 今日も昼食はみんな一緒だ。
「タマたち、ほとんど姉妹みたいなもんだしなっ!」
 杏を抱きしめながら言う球子。
 ――だが、球子の方が杏よりも小柄なため、抱きしめているというより、抱きついているように見える。
「えへへ」
 抱きつかれている杏も、決して迷惑そうではない。
「というかタマたち、もう一緒に暮らしてもいいくらいだ」
 そう言う球子に、杏はからかうように返す。
「うーん……でも、もしタマっち先輩と暮らすなら、いろいろ大変そう。部屋の中に自転車とかキャンプ道具とか、よく分からないもの置いてあるから、まずはそれを片付けてもらわないと」
「あ、あれはただの自転車じゃないぞ、ロードバイクだ。錆びたりしないよう、部屋の中に置いとくんだよ。それにキャンプ道具だって、そのうち使うからっ! ……勇者になってから、なかなかできないけど」
 球子はアウトドア好きで、休みの日は自転車で遠出したり、山登りをしたりしている。本当であれば山でキャンプをしたりもしたいのだが、遠隔地で外泊となるとなかなか大社からの許可が下りない。
「だいたい、それ言うならあんずの部屋だって相当だぞ? 本棚も机の上もベッドの枕元にも、部屋中が本だらけじゃんかよー。しかも恋愛小説、恋愛小説、恋愛小説、恋愛小説、恋愛小説……そればっかりだっ! 部屋に行く度に増えてるし」
「それがいいんだよー。本に囲まれてると幸せな気分なの」
 うっとりとした顔で言う杏。
 杏は無類の読書好きで、恋愛小説や少女小説で埋め尽くされた大きな本棚が部屋の壁を占拠している。しかも彼女の持つ本の量は、日に日に増加傾向にあるようだ。
「タマには理解できねえ……」
 呆れたように球子はつぶやいた。
「二人とも……お互いの部屋のこと、よく知ってるのね……」
 早々に昼食を食べ終わり、携帯ゲーム機に向かっていた千景が、画面から顔を上げて言う。ちなみに画面から目を離していても、操作する指は休みなく動いている。
 千景の言葉に球子は「当然!」と頷いて、
「タマとあんずは部屋が隣同士だし、よく部屋に入り浸ってるからなっ!」
 勇者たちが通う学校は全寮制だ。校舎である丸亀城の敷地内に寄宿舎があり、勇者5人と巫女のひなたはそこで生活している。
「それなら若葉ちゃんも、しょっちゅう私の部屋に来ますよ」
 どこか得意気に、胸を張って言うひなた。
「若葉ちゃんは私の部屋に来ると、困り顔で相談事を持ちかけてきたり、膝枕で耳掃除してほしいとねだってきたりしますね」
「ひ、ひなた!」
 慌ててひなたの口を塞ごうとする若葉だが、もう後の祭りだ。
「いつもの若葉さんとイメージが違いすぎます……」
 杏は意外そうな視線を若葉に向ける。
 友奈はきょとんとして、
「若葉ちゃんって、もしかして甘えん坊さん?」
「私の前限定で、です」
 むふん、と鼻息荒く言うひなた。
「そういえば、若葉さんはいつも自然とひなたさんの隣に座りますよね。今もですし」
 杏がそう言うと、さらに若葉の顔が赤くなる。
「だ、だが、ひなただって毎晩特に用事がなくても、私の部屋に来るじゃないか。きっと寂しいからだろう!?

「いえ、私の場合は、若葉ちゃんが明日の準備ができているかなどを、確認に行っているんです。若葉ちゃんは毎日、課題や予習復習など完璧にしているんですが、使った後に教科書を鞄に入れ忘れたり、時々うっかりしてますから。もちろん、そんな時はこっそり鞄の中に教科書、ノートなどを戻しておきます」
「え……そんなことをしていたのか!?

 若葉自身も気づいていなかったらしい。
「なんだかひなちゃんって、若葉ちゃんのお母さんみたい」
「当然です、若葉ちゃんは私が育てましたから」
 感心したように言う友奈に、ひなたはにっこりと笑って答える。
「も、もうこの話は終わりだ! 終わり!」
 若葉は顔を赤くしたまま、無理矢理に話を断ち切った。

 食堂から教室へ戻る途中、ひなたは杏に尋ねてみた。
「杏さんと球子さんは、どうしてそんなに仲が良いんでしょう?」
 ひなたは巫女の一人なので、勇者たちの個人データを大社から知らされている。杏と球子は出身地こそ近いが、バーテックス出現時に初めて出会ったのだという。若葉とひなたのように元々から友人同士だったわけではない。
 しかし杏と球子は、丸亀城の学校に招集された時、既に数年来の親友のように仲が良かった。
「そうですね……」
 杏は少し前を歩いている球子の背中を見ながら、昔のことを思い出す。
「今はそんなでもないんですけど、昔は私、すごく体が弱かったんですよ。入院したことも何度もあって……」

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