田園に囲まれた細い道を一台のバスが走って行く。
千景の座席の傍らには、専用武器である大鎌が布袋に収めて置いてあった。この大鎌は折り畳んで携帯できるようになっている。
彼女は特別休暇を利用して、地元である高知へ帰ってきていた。
窓の外に広がる風景を眺める。
季節はもう十月。
秋の風が田園の黄金色の稲穂を揺らし、遠くに見える山々も紅葉して色づき始めている。
「…………」
やがて千景は窓から目をそらし、鞄から携帯ゲーム機を取り出して電源を入れた。
襲い掛かってくるゾンビや山羊角の怪物を、銃で撃ち殺していくFPS。
イヤホンを耳につけると、バスの走行音も聞こえなくなる。画面に集中していれば、それ以外の光景は何も見えなくなる。
ゲームは千景のたった一つの趣味だ。
千景の操る銃が画面の中の敵を次々に打ち倒していく。
撃たれて息絶えた怪物は、人間と同じような赤い血を流す。
千景の技術は凄まじい。初期装備オンリー、回復アイテム不使用、セーブ及びスリープ禁止といった縛りプレーでも、ステージを次々に踏破していく。
(私が勇者になったこと……もう四国中の人が知っているのよね……)
四国への初めてのバーテックス襲来後、騒々しかった数日間を思い出す――
千景たちの初陣が勝利に終わった後、バーテックスに対抗する『勇者』の存在は大々的に報道された。
大社はマスメディアの取材を受け入れ、むしろ勇者の存在をアピールすることで、四国の人々を安心させる方針を採ったのだ。人類はバーテックスに勝てる、勇者が人々を守ってくれる――と。
テレビ、新聞、ネット、週刊誌などで、連日のように五人の勇者のニュースが実名付きで流れた。勇者たちがすべて年端も行かぬ少女であることも話題になり、四国中の子供から大人まで、誰もが勇者という存在に注目していた。
曰く、国家の秘密兵器。
曰く、人類の希望。
曰く、最後にして最強の楯。
「この雑誌と新聞、若葉ちゃんのインタビュー載ってるよー」
昼食時、友奈が食堂に大量の雑誌と新聞を持ってきた。どれも勇者の特集記事が紙面を飾り、特にリーダーである若葉は顔写真と共に大きく報じられている。
「すごい騒ぎになってますねえ……」
杏は雑誌を手に取りながら、感嘆するように吐息を漏らす。
ひなたは新聞の一紙を見て、眉間に皺を寄せた。
「むむむ、いけませんね。この写真では若葉ちゃんの魅力が表現できていません。次回からは各社に私が選んだベストショットを……!」
「するな! 絶対にするな!」
「それはフリですか、若葉ちゃん?」
球子も新聞を眺め、呆れたように肩をすくめる。
「というか、どれこれも勝手なこと書いてるよなー。タマたちは兵器でも希望でも楯でもない、人間だってのにさ」
そしてしばらくの間、ある種の祭りのような『勇者お披露目』騒ぎが続き、その後彼女たちは順番に休暇を取ることが許可された。勇者システムが使用できるか否かは精神状態にも左右され、消耗しきった状態では力を発揮できない。適度な休養は欠かせないのだ。
特に友奈は、精霊の力を自らの体に宿して戦うという切り札を使ったため、その影響を検査するために入院する必要があった。
バスのドアが開くブザー音が、イヤホン越しに聞こえた。ゲーム画面から顔を上げると、いつの間にか目的地のバス停に着いている。
ゲームのスコアは記録を更新しそうだったが、千景は仕方なく電源を消した。
「……降ります……」
彼女は鞄にゲーム機を仕舞い、大鎌を抱えて座席を立った。
バスを降りて数分も歩くと、一階建ての小さな借家に着く。ここが千景の実家だ。
玄関扉を開けて中に入ると、悪臭が鼻についた。廊下は端にホコリが溜まり、空き缶や空き瓶が転がっている。隅に置かれたゴミ袋は、回収日に出されることを忘れられ、もう何週間も放置されているのだろう。
「ただいま……」
返事は返って来なかった。