バーテックスが四国へ攻撃を開始したことに最も早く気づいたのは、瀬戸内海の『壁』の外にて二十四時間態勢で監視を行っていた、元自衛隊員による武装船団である。
壁へ大挙してくる異形の生物たち。
武装船団は四国を守るため、持てる限りの火力を使って発砲、砲撃を行った。
しかし――人類の夥しい血と知の結晶と言える近代兵器は、やはりバーテックスに一切ダメージを与えることはできず。
武装船団は後退を余儀なくされ、壁の間際に追い詰められた。
そしてバーテックスの一群は結界たる壁を抜け、四国内に侵入。
船団は侵入したバーテックスを追ったが――
敵の侵攻を察知した神樹は、既に四国内に樹海化を起こしていた。
若葉は樹海に覆われた四国に臨みながら、スマホの勇者専用アプリを起動させた。
体が光に包まれ、纏う衣服が変化していく――
それは勇者の戦装束。神樹の力を宿し、纏う者の身体能力を格段に上昇させる。さらに全身が神の力に包まれることで、専用武器以外でのバーテックスへの攻撃も有効になる。
バーテックス対策組織『大社』は、神樹の力を研究し、それを科学的・呪術的に利用する方法を見い出した。その結果生み出されたものが、この装束である。神樹の恵みと人類の叡智の結晶だ。
戦装束は勇者各人で異なるが、若葉のものは桔梗を思わせる清楚な青と白の混交が特徴的だった。
変身した若葉は刀を地に突き立て、瀬戸内海の向こうを睨む。
「若葉ちゃーん!」
声の方を振り返ると、友奈と千景が駆けて来ていた。友奈は手甲を、千景は死神を思わせる大鎌を持っている。若葉の刀同様、それが彼女たちの武器である。
「はぁ、はぁ……急に時間が停まっちゃって、周りはでっかい蔦みたいなのが出てきてぐわーっとなるし、びっくりしちゃったよ! 地図のおかげで、みんなの居場所が分かって良かった……!」
友奈は息を切らせながら、スマホの画面に表示されたマップを若葉に見せた。勇者たちとバーテックスのいる位置が、それぞれ光点で示されている。
「というか若葉ちゃん、もう変身してる!?」
今気づいたのか、友奈が驚く。
「常在戦場。刀をいつも持参しているのも、すぐ戦えるようにするためだからな」
「そういう真面目さと責任感の強さ、若葉ちゃんらしいね……私も見習わないと!」
友奈は拳を握りしめ、まっすぐに感心の視線を向ける。
「高嶋さんは……今のままでいいと思う……」
千景は独り言のようにつぶやいた後、周囲を見回して眉をひそめた。
「それにしても……これが樹海化ね……」
四国の土地全体が、壁と同質の植物組織に覆われている。
樹海化が起こると、四国の内部は時が停止し、生物も非生物も植物に覆われ同化してしまう。わずかに原形を残しているのは、丸亀城や瀬戸大橋、送電鉄塔や高層ビルなど、大型建築物だけだ。
樹海に呑まれて同化した生物は、バーテックスからの攻撃で被害を受けることがなくなる。そして勇者だけが樹海化の中で本来の形を保ち、動くことができる。
(樹海化のことは、知識として聞いてはいたが――)
若葉も変わり果てた四国の光景を見つめながら、険しい表情を浮かべた。
現実味がないほどの変貌。
まるで異界だ。
友奈は近くに生えている巨大な植物の蔓に触れる。
「こんな大きな植物、見たことないよ。これも神樹様が起こしたんだよね……?」
「ああ。樹海化は、神樹による人類守護の緊急手段だ」
四国を守る壁と結界は、まだ未完成と言われている。
バーテックスが一群となって四国へ侵攻した際、神樹は敢えて結界の一部分を弱め、彼らを内部へ通す。バーテックスの侵攻を防ぐために結界を強化し続ければ、神樹が霊力を浪費してしまうからだ。
もし神樹の力が枯渇すれば、四国の人々は生活ができなくなる。四国という閉じた世界が、エネルギーや物資などを自給自足できているのは、神樹の霊力による恵みなのだから。
そのため、四国内へ通されたバーテックスの撃退は、勇者の御役目となる。
そしてバーテックスが侵入している間、神樹は人々を守るため、樹海化を行う――
(だが、樹海化の防御も絶対ではない……)
若葉は確認するように心の中でつぶやく。
樹海の一部がバーテックスの攻撃で損傷したりすると、その傷は現実世界に自然災害や原因不明の事故という形でフィードバックされるのだ。
くわえて、樹海化もやはり長時間続ければ、神樹の力を消費してしまう。
ゆえに、できる限り迅速にバーテックスを殲滅し、樹海化を終わらせねばならない。
「おお〜いっ! みんなー!」
大きな声とともに球子が走ってくる。その後ろには、球子に手を引かれる杏もいた。