「はぁ、ふぅ……。う〜ん、だいぶ調子戻ってきた感じ!」
「ああ、スタミナも入院前と変わらないくらいに戻ってきたな」
友奈と若葉は丸亀城の敷地内のランニングを終え、本丸城郭で一息ついていた。入院期間が長引いたため友奈の体力は落ちていたが、この一月ほどですっかり取り戻したようだ。
「ほら、ひなたが作った特性スポーツドリンクだ。熱中症にならないようにな」
「うん!」
友奈は若葉からペットボトルに入ったドリンクを受け取って飲む。
今は夏真っ盛り。若葉も友奈も、少しランニングしただけで汗だくになり、体操服も素肌にぴったり張り付いてしまっている。周囲の木々からは、騒がしいほどの蝉の声が響いていた。
友奈がドリンクを飲み終わった後、若葉も返してもらったペットボトルに口をつける。甘みと軽い酸味が口の中に広がった。
「そういえば若葉ちゃん、聞いた?」
「ん、なんのことだ?」
「結界の強化の話」
「ああ……今、大社が進めている計画か」
七月下旬、間もなくバーテックスの襲来が起こるという神託が下った。
だが、未だに壁の外で融合を続ける超巨大バーテックスへの対処方法は見つかっていない。規格外の化け物は人類を嘲笑うかのように、緩やかに成長を続けている。
また壁の外には、その超巨大バーテックス以外にも、大型バーテックスの存在が確認されていた。以前のサソリ型と同サイズ級の者が数体、出現しているのだ。
もう一ヶ月以上の間、バーテックスは四国内へ侵攻していない。それは壁の外で、大型バーテックスたちの成長を待ち続けているためなのだろう。神樹の神託によれば、敵は間もなく完全に戦闘準備を終え、四国へ一斉侵攻を仕掛けてくるという。
大社はそれら大型バーテックスへの対抗手段を、未だ見い出せていない。友奈の酒呑童子とて、自殺行為に近い諸刃の剣だから、決して有効な手段とは言えないのだ。
しかし次の総攻撃さえ乗り切れば、敵の侵攻を食い止める対策を二つ用意できると、大社はいう。
その一つが、以前から計画されていた結界の強化である。
ドリンクを飲み終え、若葉は城郭の石垣から海の方を見つめた。遠くに海と夏空と神樹の壁が広がっている。
壁の内側からは見えないが、実際は壁の向こうに超巨大バーテックスが今も存在する。結界に施された視界遮断の機能のせいで、見えないようになっているだけだ。
「今度は視界の遮断だけでなく、結界の防御力そのものを強化するらしいな……」
「今もすっごくたくさん儀式とかして、準備してるんだよね」
「ああ。あと数ヶ月で完了するそうだが……結界の強化が終われば、今までのようにバーテックスの侵入を許すことはなくなる」
「うん。でも……『もう一つの対策』ってなんだろ?」
友奈は首を傾げる。
大社が行う二つの対策のうち『もう一つ』については、若葉や友奈、そしてひなたも聞かされていなかった。そのことが若葉に一抹の不安を与える。なぜ大社は『対策』の内容を秘密にするのか――
「……とにかく、次の戦いに勝てば、対策が全部整うんだよね! そしたら、バーテックスはもう来なくなる。平和になる!」
友奈は明るい声でそう言った。
前向きな彼女の声に、若葉は不安を振り払う。
「そうだな」
遠くの空に、白く大きな入道雲が出ていた。
大社の言葉を信じるならば、次が最後の戦いとなる。絶望的な戦いだが、その先にわずかな希望を信じるしかない。
友奈と若葉たちは、次の戦いに備えて生活を送っていく。格闘と基礎体力の訓練を続け、充分な休養と栄養を取って過ごす。
若葉は次の戦いに向けて、大社に勇者システム強制解除の改善を申請していた。
郡千景が命を落とした時……勇者システムが解除されなければ、彼女に生き残る道があったかもしれないからだ。たとえ勇者たちがどんな状態に陥ろうと、仲間がフォローしたり、自力でなんとかできるかもしれない。だが、戦う力を奪われては、その可能性すら潰されてしまう。
「神樹様のご意思であろうと、強制解除は起こらないようにしてほしい。私たちを信じて任せてもらいたい」――その申請は受理され、勇者システムのアップデートが行われた。
また、訓練・休養・勇者システムの改善の他に、若葉にはもう一つの準備が必要とされた。
今まで使用を禁じられていた精霊――友奈の酒呑童子に並ぶ、強力な精霊を身に宿すための準備である。