STORY | あらすじと、各話紹介

第17話 弔花

○○○という勇者がいたことを、私は忘れない。 彼女は最後に確かに、自分に勝ったのだ。   勇者御記 二〇一九年七月 乃木若葉記


 月明かりの下――巫女服を着たひなたは砂浜の浅瀬に足をつけ、祝詞を奏上していた。
 禊の儀式である。
 千景の遺体は、今回もひなたが清めを行うよう申し出た。そのために、まずひなたが自らの身体を禊がなければならない。
 千景の死が報告された後、すぐさま大社本部から神官たちが派遣され、事後処理が始まった。今晩一晩かけて千景の遺体は清められ、明日から葬儀が行われる予定だ。
 祝詞を唱えるひなたの声は、わずかに震えていた。
(どうして……こんなに残酷なんでしょう……)
 樹海化した世界での千景の行動は、若葉から伝えられていた。だが千景の暴走は、決して彼女のせいだけではなかったはずだ。
 球子、杏、千景。
 失われた三つの少女の命。
 普通の時代で、普通に生きていたら――
 いつも騒がしい球子に、杏が振り回されて、千景はつまらなそうな顔をしながらも結局は一緒にいる。
 そんな三人の姿が、今でも在ったはずなのだ。

 同じ頃、若葉は友奈の病室にいた。
「ぐんちゃんが……」
「……」
 友奈はベッドの中で半身を起こし、若葉の言葉を聞いていた。千景の死を報せる言葉を。
 友奈は俯いて、その表情は見えない。ただ、拳を強く握りしめていた。
「もうすぐ退院だから……また一緒に遊べると思ってたのに……」
「……すまない……」
 若葉は千景の死に責任を感じていた。千景の心の危うさにもっと気を配っていれば、こんなことにはならなかった。自分がもっと強く、バーテックスから千景を完全に守ることができれば、こんなことにはならなかった。
「若葉ちゃんは、何も悪くないよ」
 友奈はぎこちない笑顔でそう言って、けれどすぐにまた俯いてしまう。
「ごめん……若葉ちゃん。今日は、もう……」
「……わかった……」
 若葉は椅子から立ち上がり、友奈の病室を出た。
 ドアを閉めた後、若葉は壁を背にして座り込む。
 病室のドアの向こうから、友奈の嗚咽が聞こえた。
 夜の病院の廊下は、人工の明かりで不自然なまでに白く染められている。
 その純粋すぎる白が、若葉たちを嘲笑っているように見えた。
「くっ……!」
 若葉は立ち上がる気力もなく、ひどく長い間、そこに座り込んでいた。

 翌日早朝、若葉は一人で丸亀城の教室にいた。
 今日は千景の葬儀のため授業はないが、いつもの習慣で黒板のチョークを揃えたり、花瓶の水を換えたりする。
 若葉はいつも教室に来るのが一番早かった。そんな若葉に球子が対抗心を燃やして、毎朝教室に一番乗りしようと意気込む。しかし早起きが得意でないのか、球子が若葉より早く登校できたことはなかった。
 ――また若葉が一番乗りかぁ。今日こそはタマが一番だと思ったのにっ!
 球子と杏がいなくなって二ヶ月ほど経つというのに、今でも勢いよくドアを開けて、球子が駆け込んで来そうな気がした。球子の後ろから、杏も。
 その時、ガラッと教室のドアが開いた。
「……!」
 入ってきたのはひなただった。
「ひなたか。おはよう」
 普段通りの顔で言えただろうか、若葉にはわからない。
「はい……おはようございます」
 そう言いながら、ひなたの顔には困惑と憤りが浮かんでいた。彼女がこんな表情をしているのは珍しい。
「どうした、ひなた? 何かあったのか?」
「千景さんの葬儀が、取り止めになりました」
「え……!? なぜだ!?」
「千景さんを勇者として葬送することはできない、と大社が判断を下したそうです……そのため葬儀は大社ではなく、ご実家で個人的に行ってほしい、と……」
「……!?」

 樹海化中の千景の凶行を若葉は大社に伝えなかったが、大社はそれを把握していたのだ。
 千景は地元で起こした事件もあり、勇者としての資格を剥奪されそうになっていた。そこに加えて、今回の若葉への凶行。千景が命を落とす直前、勇者としての力を喪失してしまったのは、彼女が神樹に見放されてしまったからである――と、大社は結論づけた。
そのため、千景は勇者から除名されることが決定されたらしい。

「そんな馬鹿な! あれは千景の責任だけではないだろう! なぜ!?」
「私だって納得できません……! でも、大社は『勇者』という存在の神聖性を汚したくないのでしょう……」
「……!」
「もう、決まってしまったことです……」
 若葉は机に拳を叩きつけた。
 千景は『自分が勇者である』ということを誰よりも誇りに思い、心の拠り所にしていた。それなのに命を落とした後、その拠り所まで奪われてしまったのだ。
(なんという、惨い仕打ちだ……)

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