STORY | あらすじと、各話紹介

第16話 狂花

私が産まれ育った土地は神話の里とも呼ばれています。 あの日、神社で授かった力は 迫りくるものへの○○。 これでまた、いつもみたいに皆を守る。 守りたい。 早く治りたいです。 勇者御記 二〇一九年六月 高嶋友奈記


 六月某日午後六時――丸亀城にて。
 本丸の天守閣前の広場を人々が埋め尽くしていた。後方には、ビデオカメラを持った報道関係者も待機している。
 彼らの目は一様に、期待と不安に満ちていた。
 空気が夕暮れの茜色に染まり始めた頃、天守閣の出入口から一人の少女が現れる。
 乃木若葉である。
 刀を手に持ち、勇者装束を纏った少女は、天守閣を背にして人々の前に立った。
 人々はざわめきながら若葉に注目する。
 しかし、若葉は何もしない。
 ただ沈黙し、刀の柄に両手を据えて地面に突き立て、その場に立ち続けた。
 ざわめいていた人々は、若葉の無言の圧迫感に、やがて口を開くこともできなくなっていく。
 張り詰めた緊張感――
 その緊張感が極限に達した時、若葉は口を開いた。
「7・30天災の悲劇から、後一月半ほどで四年になろうとしています」
 人々は若葉を見つめ、その言葉に耳を傾けている。
「私たちはあの日、多くのものを奪われました。人命、国土、自由に見上げることのできる空。あの日、空から出現した人類の天敵たちは、あまりにも強大でした。ですが、私たちは決して無抵抗で終わりませんでした。力は弱くとも、人間には智慧と勇気という、他の何者も持たない武器が――」
 若葉は拡声器を使わず、自らの肉声で語り続ける。
 バーテックスという化け物から受けた被害の無残さ。
 化け物に立ち向かう人々の努力。
 そして、『勇者』という土地神からの恩恵を人類の智慧によって強化し、化け物に対抗する力を得たこと。
 四国の人々にとって偶像的な人気を持つ若葉の言葉に、人々は瞬きを忘れて聞き入っていた。
「――そして今、敵もまた自らの力を強化し、再び人類は苦境に立たされています。勇者・土居球子と伊予島杏は、戦いの中で命を落としました」
『勇者の死』という事実に、聴衆の表情が曇る。
 若葉は一際、声を大きくして告げた。
「しかし、我々はまだ敗北していない! 必ずや、奪われたものを取り返すことはできる!! そのために今、大社と私たちは対策を講じています。間もなく戦況を覆す方法が見つかるでしょう!」
 若葉は精一杯に声を張り上げ、言葉を続けた。
「思い出してください! 私たち人間の本来の在り方を! 日本という国土を踏みしめ、天敵に怯えることなく、友人や家族や恋人と日々を過ごす! それが私たちが送っていた日常です! 本来あるべき人間の生き方です! 私たちは閉じた檻の中で飼われる化け物どもの餌ではない!」
 天守閣と夕日を背にして、勇者は訴え続ける。
 人々に少しでも希望を与えるために。
「私たち勇者はこれまでも、これからも天敵と戦い続けます! しかし、それは特別なことなのでしょうか!? いいえ、私はそう思わない! 私は知っています――もし我が子が天敵に襲われそうになったら、親は身を挺して子を守り、戦おうとするだろうことを! 私は知っています――もし四国の外から助けを求める友人がいれば、自らを危険に晒してでも助けに行く人がいるだろうことを! 私は知っています――天空恐怖症候群で屋外を恐れる人が、もし家の前で交通事故に遭いそうな子供を見た時、恐怖を跳ねのけて助けに行くだろうことを! 私は知っています――非常に危険な、瀬戸内海で壁の外を監視する任務に、自ら志願して臨む自衛隊員や警官がいることを! 私たち一人一人が皆、天敵に立ち向かう勇気を持つ勇者です! 四国の人々すべてが勇者であれば、化け物などに負けはしない!!」
 聴衆の中から、拍手と歓声があがった。
 若葉は刀を抜き、天に向かって突き上げる。
「敵に立ち向かう勇気を!! 仲間を助ける勇気を!! 悲しみを受け入れる勇気を!! 痛みを忘れない勇気を!! 戦い続ける勇気を!! 何度でも言いましょう、私たちは檻の中で飼われる化け物どもの餌ではない! 我々一人一人が勇者であり、侵略者からすべてを奪い返す未来のために!!」
 そこで一瞬、若葉の言葉が途切れた。彼女の顔には激しい怒りと悔恨が浮かんでいる。
「……そして私は、私の友人たちを奪った者たちを、絶対に許しはしない。化け物ども――この報いは必ず受けさせよう」
 今までの張り上げた声とは違う、自分自身に言い聞かせるような声だった。
 しかし、若葉の表情と声の変化は一瞬だけで。
 再び若葉は声を大きくし、人々を鼓舞する言葉を振るい始める――

 夕刻から始まった、勇者・乃木若葉による演説は、半時間ほど続いた。
 演説を終えた後、若葉は寮の自室に戻って、ひなたに膝枕をされていた。
「今日はお疲れ様でした。ずっと叫び通しで、大変だったでしょう?」
「ああ……あれで少しでも人々が前向きになってくれるなら、やる意味はある。しかし……」
 若葉は言葉を濁す。
 今日の演説は、勇者の死とバーテックスによる被害の拡大によって、意気消沈している人々の士気を上げるためのものだ。
 演説の下書きは若葉が作ったが、文章はすべて大社が書き直した。丸亀城という舞台や、夕方という開始時間も、大社が演出の一部として決めたことだ。さらに身振り手振り、言葉の間の取り方や発声法まで含めて、若葉は細かく指導を受けた。すべて聴衆への心理的な効果を狙って考えたものらしい。
 その演出が功を奏したのか、聴衆は盛り上がっていた。涙を流している人もいた。
 しかし若葉はやはり、人々を騙しているという感覚が拭えなかった。
 大社が書き直した演説文の中で、諏訪について触れ、「間もなく諏訪の勇者との共闘も可能になる」という一節があった。だが、若葉は意図的にその部分を話さなかった。大社は諏訪の壊滅を市民に知らせていないため、それも士気高揚の材料として使おうとしたのだろうが、白鳥を利用して人々を欺くことだけは言えない。
 そして――途中で言ってしまったバーテックスへの復讐を誓う言葉は、大社が作ったものではなく、紛れもなく若葉自身の声だった。
「若葉ちゃんの演説、ニュースで何度も流されていますよ。明日の新聞でも、一面で取り上げられることになっています」
「ああ……」
 浮かない顔をしている若葉の頭を、ひなたが優しく撫でる。
 ひなた自身も、内心は複雑だった。
 勇者が若葉、友奈、千景だけとなり、友奈は負傷のため戦闘に参加できない。千景は変身用アプリと武器を剥奪され、勇者としての力を奪われて謹慎中。今、勇者の役目を果たせるのは若葉だけだ。
 大社は、若葉を亡き勇者と入院中の勇者の思いを背負った、希望の象徴として祭り上げようとしている。そのために若葉の四国内での人気を利用し、各メディアへの情報操作なども行っている。すべては四国の人々を絶望させないためだ。
「千景はどうしているだろうか……」
 心配してつぶやく若葉に、ひなたは元気づけるように言う。
「大丈夫ですよ。きっと……」

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