STORY | あらすじと、各話紹介

第13話 落花

強力な技には代償が伴う。 精霊の力を使う切り札は、勇者の体に○○が溜まる可能性があります。  勇者御記 二〇一九年四月 伊予島杏記


 そもそも私たちが『切り札』と言っている技術は、ある種の降霊術に近いと思う。
 人の身に人外の存在を宿す。今までに呼び出された精霊は、友奈さんの一目連、千景さんの七人御先、タマっち先輩の輪入道、若葉さんの義経。どれもいわゆる悪鬼怨霊の側面を持つ。義経は英雄として有名だけど、一方で怨霊と化して兄・頼朝を呪い殺したという伝承もある。
 降霊、憑依という現象は、人類文化の中ではるか昔から存在する。シャーマニズム。イタコ、ユタ、審神者。彼らは人ならざるものを自身の体に降ろす。犬神憑き、狐憑きといった現象もある。でも、どれも危険が伴う。犬神憑きや狐憑きに至っては、呪いのようなもの。
 人と人ならざるものの境界は、時として曖昧になる。日本の神話では、黄泉平坂に置かれた千引きの石が、その境界の一つとされている。切り札は、その境界の先に半身を浸すようなものだから――
 自室で机に向かって杏はそんなことを考えながら、ノートに『精霊=怨霊? 切り札の危険性』などと落書きをしていた。数学の予習をやっていたのだが、つい別のことを考え込んでしまう。先日、球子が体の調子がおかしいと言ったことが気になっていたのだ。
 球子は精霊の力を二度目に使った時あたりから、違和感を持つようになったらしい。
(以前から切り札は危険だって言われてたし……)
「おーい、あんずーっ!」
 杏の思考を遮るように、突然ドアが開いて球子が部屋に入ってきた。杏は慌ててノートを閉じる。
「なんだ、勉強してたのか?」
「ううん。もう終わるところ。そろそろ寝ようかなって思ってた」
 杏は普段通りを装って、首を横に振る。不安を煽るようなことを球子に言いたくなかった。
「そっか。じゃあ、タマも一緒に寝るぞーっ!」
「寝ることをそんな元気よく宣言するのは、タマっち先輩くらいだよ」
 杏は苦笑する。

 二人は一緒のベッドに入って、部屋の電気を消す。
 ベッドのサイズは一人用だが、球子の体が小さいから、身を寄せ合えば二人で眠ることができた。
 こうしている姿は本当の家族のようだ。姉妹みたいだねと、二人はよく言われる。杏も球子も、そう言われて悪い気はしなかった。
「もし杏とタマが姉妹だったら、タマがお姉さんだな」
 球子はベッドの中で、隣にいる杏にそう言った。
「えー、そうかなぁ? タマっち先輩よりも私の方が背が高いし、私の方がお姉さんかも」
「何をーっ! タマの方が先輩だし、お姉さんだろ!」
「歳は同い年だよ」
「いいや、でもタマの方がお姉さんっぽいんだっ! あんずは妹!」
 自分が姉だと言いながら、言動も子供っぽい球子に、杏はクスクスと笑う。杏も、本気で自身は姉側だとは思っていない。
「うん、そうだね。私も、私は妹だと思う。タマっち先輩の方が、お姉さん」
「そうだろ、そうだろっ! よーし、じゃあ本当の姉妹になっちゃうか」
 球子が杏を抱きしめる。杏もぎゅっと抱きしめ返した。
「あはは、そうだね。きっと仲良し姉妹になれるね」
「ああ、世界一の仲良しだ」
 満足げに頷く球子。しかし、すぐにその表情が曇った。
「けどさー、次のバーテックスとの戦い、どうなるんだろうなぁ……」
 つい先日、ひなたに新たな神託が下った。勇者たちが四国外調査から帰ってきて以来、初めての神託だ。それによれば、まもなく次のバーテックスの襲撃があるという。敵の数は前回の『丸亀城の戦い』ほど多くはないらしい。ただし――今までにない事態が起こるだろう、と。
「今までにない事態なんて、毎回のことだけどな」
「うん……でも、あえてそういう神託が起こったってことは、何か意味がある気がする……」
 杏は重い口調で言う。
 その神託のために、ここ数日、勇者たちの間には不穏な緊張感が流れていた。千景はいつも以上にピリピリしているし、若葉も気を張っているように見える。
「四月だってのにさ、こんなんじゃ、お花見って気分でもないよなぁ」
「そうだね、せっかく丸亀城の周りの桜は、すごく綺麗なのに」
 丸亀城は桜の花見所としても有名だ。四月になった今、城の敷地内にある亀山公園には、七百本もの桜が美しい花をつけている。
「さっさとバーテックスとの戦いを終わらせて、パーッとお花見するぞっ! このまま桜が散っちゃったらタマらんっ」
「うん。お花見するんだったら、料理も用意しないとね。何を作ろうかなぁ」
「あんずって料理できるのか?」
「簡単なものくらいなら。せっかくお花見するんだったら、出来物だけじゃなくて、自分で作ったものも用意したいし」
「よーし、だったら、タマは近くの川で釣ってきた魚をその場で捌くっ! 焼きたての魚の美味さを思い知りタマえ!」
「なんだか、お花見とは違うものになってきた気がする……」
「でもいいだろ、楽しそうだから」
「うん」
 杏は微笑んで頷く。

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