STORY | あらすじと、各話紹介

第1話 芽出

---<大赦書史部・巫女様 検閲済>-------------------------------------- 本日午後、丸亀城より瀬戸内海を臨む。 ここに立つ度に、私は自らの誓いを改める。奪われた世界を必ず取り戻す、と。 我ら勇者はそのための矛。数はわずかなれど為し遂げなければならない。 仲間たちの中でも、友奈の前向きな姿はこの世界では得難いものだ。 ○○○は不安定な面が見えるが……。 勇者御記 西暦二〇一八年八月 乃木若葉記


 二〇一八年七月三〇日。
乃木若葉は香川県丸亀城の本丸石垣の上に立ち、瀬戸内海を見つめていた。
手に持つのは一振りの刀。物心ついた頃から居合を修めてきた若葉にとって、その重みは体に馴染んでいる。
真夏の日差しが頭上から降り注ぎ、肌に汗がにじむ。周囲ではセミが騒がしく鳴いていた。
彼女は目を閉じる。
今でも鮮明に思い出せる――あの日の絶望と怒りを。

    *    *    *

 二〇一五年七月三〇日、夜。
当時小学五年生の乃木若葉は、島根県にある神社の神楽殿に避難していた。
修学旅行で香川から島根へやってきていた若葉は、そこで強い地震に見まわれた。地震はその後も断続的に起こり、教師たちが非常事態と判断して、地域の避難所である神社へ生徒たちを移動させたのだ。神社に避難した人の数は、近隣住人も合わせてかなり多い。
授業日数の関係で若葉の学校は夏休み中に修学旅行が行われるが、まさかこんな災害に巻き込まれるとは想像もしていなかった。
学級委員長の若葉はクラスメイトの点呼を取り、全員揃っていることを担任教師に伝えた。教師から聞いた話によると、地震は島根だけではなく、全国各地で起こっているらしい。その影響で津波や地割れなども起こっており、日本中で被害が出ている……と。
しかし、避難してきた若葉と同学年の生徒たちは、修学旅行中に起こったこのイベントをむしろ楽しんでいるようだ。友達同士で話したり、スマホを持っている人はニュースサイトを見たりしている。
「明日もここにいないといけないのかな?」
「えー、せっかく修学旅行なのに」
「誰かトランプとか持ってない?」
三人組の女子グループがおしゃべりをしていた。
若葉は彼女たちの方に目を向ける。
(注意した方がいいか……いや、そこまでする必要はないな。むしろこうやっておしゃべりすることで、不安は和らぐだろうから)
そんなことを思っていると。
「……あ、乃木さんがこっち睨んでるよ」
「あたしたち、ちょっと騒ぎすぎ?」
「怒られるから、静かにしてよう」
さっきまで話していた彼女たちは、すっかり静まり返ってしまった。
(あ……別に怒るつもりはなかったのに。……私の顔、そんなに怖く見えるのか……?)
「わーかーば、ちゃん」
後ろから声をかけられて振り返ると、パシャリとカメラのフラッシュが光った。クラスメイトにして幼なじみの上里ひなたがスマホを構えていた。
「物憂げな表情の若葉ちゃん……んー、絵になりますね。背景が社殿の中というのも良いです。私の若葉ちゃん秘蔵画像コレクションがまた一枚増えました」
「ひ〜な〜た〜……私の写真など集めるな、消せ!」
「イヤです! この画像コレクションは私のライフワークですから!」
わけの分からないことを堂々と宣言するひなた。
「そんな怖い顔をしないでください。眉間にしわが寄っちゃいますよ。ぐりぐり」
「……人の眉間を指で押すのはやめてくれ」
「ちょっと解[ほぐ]してあげようかと思いまして。そんな風に厳しい顔をしているから、さっきみたいにクラスメイトに怖がられちゃうんです」
「み……見ていたのか」
若葉は恥ずかしさで顔が熱くなる。
「まぁ若葉ちゃんは生真面目すぎますからね。一年生の時からずっと学級委員長で超優等生。クラスの人たちから『鉄の女』ってイメージで見られてますし」
「うぐ……」
自分でも自覚していたが、改めて言われるとショックである。
「でも……そんなイメージ、壊しちゃえばいいですよね!」
ひなたはにっこりと笑って若葉の手を取り、さっきの女子クラスメイトのグループの方へ歩き出した。
「お、おい、待て!?」
「こんばんはー」
戸惑う若葉を無視し、ひなたは彼女たちに声をかけてしまった。彼女たちは何事かとキョトンとしている。
「すみません、実は若葉ちゃんが皆さんに混じっておしゃべりしたいと」
「ひ、ひなた、何を!?」
「何を恥ずかしがってるんですか。さっきもですね、みんなを注意しようと思ってたんじゃなく、どうやって話しかけようかなーなんて可愛らしい悩みを抱えていただけなんです」
「な、そ、そんなことは――」
否定しようとすると、ひなたが手で若葉の口を塞いでしまった。
「んー、んー!」
女子たち三人組は少しの間キョトンとして――
やがて吹き出すようにして笑った。

「へー、なんか乃木さんのイメージ変わった」
「いつもきちんとしてるし、すごく優等生だし」
「そうそう、もっと厳しくて怖い人かと思ってたー」
「そうなんですよねー。あと、若葉ちゃんは無愛想だから損をしていると思うんです」
妙な成り行きだが、若葉とひなたは女子グループ三人に混ざっておしゃべりをしていた。ひなたに至っては、まるで数年来の友人のように親しげに話している。誰とでも仲良くなれる彼女の気さくさは、若葉にはないものだった。若葉は生真面目すぎる性格のせいで、クラスの中では少し浮いている。
「でも、中身はすっごくかわいい女の子なんですよ。それはこの上里ひなたが保証します。だから、仲良くしてあげてくださいね」
「か、かか、かわいい……? 何を言ってる!?」
若葉が睨んでも、ひなたは「まぁまぁ」と悪びれもしない。
「あはは、面白い。大丈夫だよ、私たち、もう乃木さんと友達だし」
彼女たちは若葉とひなたのやり取りを見て、笑いながらそう言った。

 しばらくおしゃべりした後、若葉は神楽殿の外に出た。夜と言えど七月の暑さは相当のもので、少し夜風に当たりたかった。
古来、神社の鳥居は外界との境界という意味を持っていた。まだ人々が信仰心を忘れていなかった時代、神社は異界とされていたのだ。若葉は神社の持つそんな意味など知らなかったが、この場の静謐な空気を感じることはできた。
空を見上げると、無数の星が輝いている。
「若葉ちゃん、こんなところにいたんですね。もうだいぶ遅い時間ですよ。寝ないんですか?」
ひなたも外に出てきて、若葉の隣に立つ。
「寝ている間に何か問題が起こるかもしれないからな。念のために起きておこうと思う」
「先生方が起きててくださいますよ」
「私は学級委員長だから、責任がある」
「はぁ〜……本当に若葉ちゃんは。真面目すぎるというかなんというか」
少し呆れたようにひなたは微笑んで、
「だったら、私も起きてますよ」
「……付き合う必要はないぞ」
「いいえ、私は若葉ちゃんの幼なじみですから。ずっと一緒にいます」
はっきりとした口調でひなたがそう答えると、若葉としてもそれ以上強く言えなかった。
「……ひなた」
「なんですか?」
「さっきはありがとう。ひなたがいてくれなかったら、さっきもまたクラスメイトたちから距離を置かれてしまうところだった」
「いえいえ、私は若葉ちゃんが誤解されてるのが嫌だっただけですよ」
当然のことのようにひなたはそう言った。
しかし、それでは若葉の気が済まない。
「何事にも報いを。それが乃木の生き様だ」
それは若葉の祖母がよく口にする戒めの一つ。祖母を慕っている若葉は、その言葉をとても大事にしていた。
「だから私は、ひなたの友情に報いたい。してほしいことがあったら、なんでも言ってくれ」
「そこまで言うなら……う〜ん、では私の若葉ちゃん秘蔵画像コレクションを増やすために、何か……コスプレとかいいですかね。……この際だから少し過激な……」
ひなたが不穏なことをつぶやき出す。
早まったかもしれない……と若葉は少しだけ後悔した。
「まぁ、何をしてもらうかは後でじっくり決めます。とにかく、若葉ちゃんはもっと気楽にクラスの人たちに話しかけたらいいんですよ。そしたら、みんなも若葉ちゃんのことを分かってくれて、もっと仲良くなれると思います。もし一人で話しかけるのが気後れするなら、さっきみたいに私が手伝いますから」
ひなたの言葉がゆっくりと若葉の体に染み入っていく。
(もっとみんなと仲良くできる……か)
若葉はクラスで少し浮いているが、彼女自身も無意識に他のクラスメイトから距離を置いてしまっているのかもしれない。さっきも実際に話してみたら、簡単に仲良くなれたのだから。
「ああ、ですが、そうして若葉ちゃんがクラスで人気者になってしまったら、もう私に構ってくれなくなるかもしれません。私は過去の女として捨てられてしまうんですね……よよよ」
「な、何を言っているんだ!? そんなわけがないだろう! ひなたは何があっても私の一番の友達だ!」
慌てて言う若葉に、ひなたはおかしそうに笑う。
「冗談ですよ。若葉ちゃんったら――」

 突如、地面が激しく揺れ始めた。

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