STORY | あらすじと、各話紹介

6話 せいれい


須美と園子は大赦の施設内でトレーニングを行っていた。
基礎的な鍛練から槍の素振りまで、一通りを終えた園子が、
ぜいぜいと呼吸を乱している。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……」
「そのっち。水分とった方がいいわよ」
須美が、冷えたドリンクを園子の首筋にぴったりとあてる。
「あひゃん、冷たい〜!」
「ふふ、面白い声出た」
「ありがと、わっしー……ごくごく、ぷは、ん〜この一杯のために生きているぅ!」
夏に相応しい弾ける笑顔を見せる園子。
「今のは結構銀に似てたわ、中年のおじさんっぽく言うのがコツよ」
「なるほど。まだ修行が足りないね〜」
銀の事で泣き続けた須美と園子は、やがて涙を流すのをやめた。
銀の魂は神樹様に抱かれて、須美達の活躍を見守ってくれている。
そう先生が教えてくれた。
なにより、まぶたを閉じれば心の中にいる銀といつでも逢える、それに気がついたから。
二人の少女は、哀しい気持ちを押し込めて、日常へと戻っていた。
「……夏だね、わっし〜。もう八月だよ」
「今日はどれぐらい暑くなるのかしらね」
二人は空を見上げる。
でかでかと自己主張する入道雲。
無限に広がっている青の色。
「夏、だねぇ……」
園子が改めて口にした。
「蝉も絶好調だわ。全方位から聞こえるもの」
「知ってる? 地面に倒れている蝉さんが、まだ元気かどうか判別する方法」
「……あまり虫は得意じゃないから」
「足を開いている蝉さんはまだ元気で〜」
「そもそも虫が苦手な人は地面に倒れている蝉をしっかり見ようとは、しないと思うの」
「あはは、確かにそうかも〜」
「鍛練を再開しましょうか。いよいよ支給される私達の新しい力を使いこなせるように」
「うん。勇者システムが最新版になった時に私達自身がしっかりしてないと、
意味ないもんね〜」
お役目と全力で向き合う、少女たち。
夏休みだから、どこか遊びに行こうという、小学六年生なら当たり前の思考も、
今の須美達には無かった。
せいぜい休憩時間に夏トークをして、少しでも季節感を味わう程度である。
「でもでも、新しい勇者システムって、どんな外見になるんだろう〜。
旧世紀の武者みたいなやつだったりして〜」
「! そうなったら私はちょっと嬉しいけど」
「嬉しいんだ〜!? なんで顔赤いの〜」
「でも性能と違って外見はそれほど今の勇者システムと大きく変わらないって先生が」
「お〜。そうだっけ」
「後は武器が少し変わってサポートが付くとも、言ってたわ……サポートって何かしら」
須美達の新しい力。
今それは実戦投入に向けて、最終調整の段階に入っているという。
須美達は即座にそれを使いこなせるように、体作りをしていた。
彼女たちが通う小学校・神樹館も丁度夏休みで、鍛練にさく時間はたっぷりあった。
不幸中の幸いとも言うべきか、銀の葬式以降バーテックスは攻めてきていない。

「あぁ、サポートというのは精霊のことよ」
職員室で、担任教師は教え子の質問に、さらりと答えてくれた。
「せ、せいれい……ですか〜」
園子があたふたしはじめた。
「も、もしかしてそれって、うらめしやって言う……うわわ〜」
「それは幽霊よ。落ち着いてそのっち」
「あれクール。わっしー幽霊平気なの〜?」
「ええ。冷房代わりによく読んだり聞いたりするわ、怪談」
「かっこいいなぁ〜勇者だよ」
「私から見れば虫が平気なそのっちの方が、かっこいいわ、勇者よ」
「で、精霊なんだけど……これがどういうものか口で説明するのは難しいかな、
新型の勇者システムが支給された時のお楽しみね」
「ハードルあげますねぇ、先生〜」
「分かりました。可能な限りで答えて頂き、ありがとうございます」
「それより二人には特別なお役目があるの」
改まった担任教師の口調。
須美は、自然と直立不動の姿勢をとった。
「貴方達二人は、今晩、お祭りに行って楽しんでくる事を命じます」
「え……?」
予想外の言葉に、思わず声が出る須美。
「知ってるでしょ? お祭りなのよ今日は」
「でも私達は勇者としてお役目を……」
担任教師は、須美の言葉をさえぎった。
そして、目をじっと見つめる。
「三ノ輪さんの事があったから、常に鍛練して有事に備えているのは分かるし
心強いんだけど……いいのよ? たまには休んだって……むしろ適度に休んだ方が
何かあった時に、いっぱい力を出せると思う」
「先生、私は」
「そういうわけで命令よ。行ってきなさい、お祭り。大赦の許可も出ているわ。
というか祭りが行われる神社がそもそも大赦と同義だもの。
こう考えれば気が楽でしょう? お祭りには出なくちゃ。ね?」
これぐらい強引に言わなければ頑固な須美が了承しないことを、担任教師は知っていた。
「……分かりました」
「先生、ありがとうございます〜」
「楽しんでくるのよ」

夕日を浴びながら、園子と須美は神社への道を歩いていた。
瀬戸の潮風が、心地よく吹いてくる。
「……いいのかしら、お祭りで遊んで」
「そんな事を言いながら、わっしーってば、ばっちり浴衣着てきてるしさ〜」
「これは親に着させられたのよ」
「……とかいいつつ、実は自分でも嬉しかったりするわ」
須美は素直に自分の心境を認めた。
「うんうん、似合うよわっしー、お人形さんみたいだよ、くるくる回ってみて〜?」
「こ、こうかしら」



くるりくるり。
「わぁ〜ノリノリだ〜シャッターチャンス」
園子がわたわたと携帯端末を取り出す。
「こらこら撮影は禁止よ恥ずかしい」
「えぇ〜。待ち受けにしようと思ったのに」
「恥ずかしいからやめて!」
「今もわっしーが待ち受けだよほら、うどん食べている時のやつ」
「ちょっと、やめて本当恥ずかしいから」
「私の携帯だもん、私の自由だよ〜」
「もう……じゃあ私はそのっちを待ち受けにするわよ。
浴衣、似合ってるからさぞや絵になるでしょうね? フフ」
須美がにやりと笑う。
「わぁ〜私でいいの〜?」
園子はにこりと笑い返した。
「そこは恥ずかしがらないの……!?」
赤く染まった世界で、少女達は無邪気にはしゃぎあっていた。

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